井田淳一 井田淳一

1980年代 – 後期

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30歳代半ばからは、西洋的価値観への挑戦ともいえる国外出品が始まり、フランスやスペイン、ソビエトにおける受賞が重なった。モチーフも次第に人物からオブジェへと移行し、ヴァイオリン、花、捕われし身の魚や角を失った牛骨を描く中で、いつしか「井田ブルー」と呼ばれる独特の色彩世界が確立されてゆく。そして80年代後半、「壊れた記憶箱」という箱シリーズが生まれる。生きて来た人間や郷土の思い出の詰まった箱が、相次ぐ開発の波について行けず押しつぶされ破壊されてゆく様子を半具象的に描いた、と井田はある記事で語っているが、この頃の作品に最後まで貫徹しているテーマは「時」であった。速すぎる時代の流れと世の変貌への危機感と警鐘。やがてどこからともなく画中に姿を現すようになった紙飛行機は、時の流れを止めたい、という井田の想いを語っている。箱は次第に黒い静溢な世界に身を潜め、ムクゲの花や紙飛行機の白さに生と死のコントラストを漂わせているかのようである。